東京工業大学 中嶋研究室

Nakajima Laboratory, Tokyo Institute of Technology
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研究内容

高分子ナノメカニクス、つまり高分子の構造と物性をナノスケールで調べることで、マクロな物性に繋げるような研究を進めています。教科書にかかれていることを鵜呑みにしない、そんな姿勢を大事にしています。
「プロジェクト」の項目に記載しているように、現在いくつかの国プロ(JST CREST、JST MIRAI)に参画しています。海外研究機関や企業との共同研究も積極的に行っています

1. ナノ触診原子間力顕微鏡による高分子ナノ力学物性評価

本研究室ではポリマーナノアロイやポリマーナノコンポジットといった高分子ナノ材料に焦点を置いて研究を行っています。これらは基本的にnmスケールで不均一ですから、評価手段もnmの分解能を持ち、かつ不均一構造を可視化できるものでなければなりません。さらに構造の可視化のみでは複雑な相構造をもつこれらの材料が発現する巨視的力学物性を予言することは難しく、nmスケールの構造の各部分に特化した物性測定がなされなければならないと考えています。そこでこれまでの研究ではヤング率や凝着エネルギーなどの静的力学物性をマッピングできる技術として、原子間力顕微鏡(AFM)をベースにナノ触診技法とも呼ぶべき手法を開発してきました。AFMの微小探針が試料の表面に直接触れることで表面形状・特性を評価するというまさにその点に着目し(ナノ触診)、定量的な力学計測を可能としたものです。本手法によって既に多くの論文投稿を行っていることは「研究業績」の項目に示しているとおりです。これまでに行ってきたナノ触診AFMの応用事例は、例えばカーボンブラック充塡天然ゴム、カーボンナノチューブ充塡天然ゴム、反応性高分子ブレンド、ブロックコポリマー、プラスチック変形・破壊挙動、ブレンド界面拡散、人の毛髪、ハニカムパターン高分子フィルム、カーボンナノチューブ補強ハイドロゲル、バルクへテロ接合型太陽電池など適用範囲は非常に多岐に渡ります。さらに現在、走査プローブ顕微鏡のISO国際標準化の仕事に携わっており、「AFMによる弾性率計測」については、私たちの提案する本手法で標準化の手続きを進めるようISO国際委員会(ISO/TC209/SC9)から依頼されているところでもあります。

figure1

タイヤ材料であるカーボンブラックを充塡したゴムを伸長し、応力分布を調べている例です。画像のように応力の分布は大変不均一で、このような様子が確認できる唯一の手法がナノ触診原子間力顕微鏡です。

静的ナノ力学物性マッピング手法の応用範囲は広く、これまでさまざまな系に応用を重ねてきましたが、ゴムに代表される粘弾性材料を研究対象として選ぶ場合には「従来の静的弾性率測定を乗り越え、ナノスケール粘弾性測定技術を確立すること」が重要になってきます。そこで最近は、6桁におよぶ広帯域の周波数掃引および温度コントロールを行えるようにナノ触診AFMを発展的に拡張し、それによって線形粘弾性理論の根幹である温度時間換算則における最も重要なパラメーターであるシフトファクターを、巨視的な粘弾性計測装置が計測するそれよりも精密に計測できる装置を開発しています。これによって工業的にも重要な損失正接のマッピングができるようになりました。

2. ナノフィッシングによる高分子一本鎖の伸長

ゴムやプラスチックの応力ひずみ曲線を測定するように、高分子一本鎖を伸長し、その時の力と伸長距離の関係を調べる方法があります。高分子一本鎖に限らず、基板と原子間力顕微鏡(AFM)の探針の間に挟まれた分子にかかる力学計測を行う手法は、単一分子力分光(Single Molecule Force Spectroscopy, SMFS)と一般に呼称されていますが、その亜種として溶媒中で高分子一本鎖を伸長する手法を我々はナノフィッシングという愛称で呼ぶことにしています。

SFMSの歴史はそれほど浅くはありません。20世紀の最後の数年には出現しています。特に生体高分子への応用で初めに花開きました。タンパク質の力学的アンフォールディングができる、それによってタンパク質のエネルギーランドスケープがかけるかもしれない、そんな期待から多くの研究者が参入した時期があります。私たちもこの分野に参入した当初はタンパク質を相手にしていました。しかし根底にあった高分子物理への興味から、複雑な三次構造を有するタンパク質ではなく、溶媒中でランダムコイル状態になっている、単純な高分子をターゲットにしたいと目論むようになりました。最初のターゲットは両末端をチオール基で修飾したポリスチレン(PS)でした。

figure2

上に示したように静的ナノフィッシングでは高分子一本鎖の力学計測が可能となります。図は水中、水溶液のLCST以下の24°Cでポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)を伸長した結果です。両末端はチオール基で修飾されています。図にはworm-like chain (WLC)モデル、freely-jointed chain (FJC)モデル、さらにはセグメント剛性を考慮した拡張FJCモデルによるフィッティング結果も重ねています。これまではこれらの理論を直接検証する手段はありませんでしたが、ナノフィッシングを用いることで理論の妥当性を評価できるようになりました。最近では弾性情報だけでなく、溶媒との摩擦に起因する粘性情報を引き出せるようになっています。皆さんも一本鎖の個性あふれる姿に魅了されてみませんか?

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